こんにちは、風 薫 です。

1日にブログでは、「年の初めに今年の目標を立てる」ことの意味をお話ししました。

今日のお話しも、それに少し関連するかもしれません。

タイトルにありますように、今年の目標の中に、あるいは、今年の生きていく姿勢の中に、「to be natural」(自然であること)を、加えていただきたいと思います。

ダンセイが見栄を張りがちな時は、こんな時

わたしが、決して少なくない頻度で感じるダンセイの特質の中に、≪見栄を張りたがる≫というものがあります。

これは、決してダンセイだけの特質だけではなく、もちろんジョセイにも見られるものですし、その背景にある“気持ち”は、概ね同じようなものかと想像していますが、今回は、特に、ダンセイの見栄について考えてみたいと思います。

注意したいのは、実際に見栄を張っている(ように見える)ダンセイ自身が、実はそんなつもりではないことが、往々にしてあるということです。

時には、負けず嫌いな気持ちの表われとして結果、見栄を張ることになってしまう、そのような場合もあるかもしれません。

でも、相手に見栄を張っているように見られてしまうことが、マイナス要因なのです。

多くのジョセイは、見栄を張っているダンセイを、よくは思いません。

むしろ、時を場合によっては、見苦しいと感じたり、ぶざまだと感じることさえあるのです。

そう、ジョセイは自然体なダンセイに好意を抱くのです。

ここは、ぜひ、注意していただきたいところですね。

では、具体的にダンセイが見栄を張っていると感じられるのは、どのような場面で、でしょうか?

ダンセイの見栄張り3つの例

具体的なシチュエーションで、再現したいと思います。

見栄張りダンセイは、Aさんです!

そして、Bはジョセイです。

場面1

B:A君、それ新しいスーツ?

A:そう、この冬のトレンドよ。ボーナス出る前だけど、24回払いで手に入れたんだ。
やっぱ、いいモノは着心地が違うよ~。

B:ふうん…トレンドのスーツに、その靴は合わないんじゃない?

A:え?(汗)そ、そうなんだよ、だから靴も新しく手に入れるつもりなんだ。

B:そう?また、24回払いで? 払い終わる前に次のトレンドがどんどんやってくるよね、お疲れさま。

この場面に出てくる見栄張りダンセイは、見てすぐわかるものに見栄を張るタイプです。

着るもの、履くもの、時計など身に着けるもの、乗るクルマ、持つバッグなど・・・

上記の例のように、トレンドを追う、ひと目でわかるブランドものを持つ、ことが重要なのです。

たとえ、高級高額で良質なものであっても、どこのものか、すぐに見て取れないものは選びません。

これまでに書いてきたブログの中ででも、何度も繰り返して申し上げていますが、ダンセイの見かけで何より大切なのは、(ジョセイに好感をあたえるのは)、清潔感です。

仕事柄、最新の服が必要、あるいはラグジュアリーブランドのものを身に着ける必要のある仕事のダンセイならばともかく、(最もこのような方は、キャッシュでお買い上げかと思われますが)
24回払いで服や靴を買うような経済状態のダンセイが、身に着ける必要があるのでしょうか?

一流の(だと、ご本人が思っていらっしゃる)ものを身に着けることで、ご自分の格が上がる、ご自分の価値が上がると思っておられるのでしたら、それは残念ながら思い違いですし、そのようなものを身に着けたあなたを、周囲のひとたちに「一流だ」と思われることを期待しているのだとしたら、それもまた、残念ながら思い違いです。

それよりも、身体的な清潔感と、身に着けるものの清潔感の方が、好感度は間違いなく上がります。

ムリすることなく、経済的にも身体的にも、身の丈に合ったものを身に着けて、自然体でいることをおススメします。

颯爽と笑顔で!わたしが一緒に仕事をしているスタイリストさんは、ユニクロやGUでスタイリングをする機会が多いと言っていました。

ファストファッションながら、それなりに質もよく、それなりにトレンドも取り入れていて、しかもプチプラ。

全身コーデも可能とのことで、利便性もいいと言っていました。

わたしも、個人的にはユニクロのリサイクルシステムに興味を持っています。

https://www.uniqlo.com/re-uniqlo/

上記HPによれば、リユースされた服は素材や燃料、次の服、必要とされているところへの支援衣料としているそうです。

ユニクロの回し者では、まったくありませんが、モノの無駄を軽減するプロジェクトだと思います。余談でした…

場面2

上司:A君、君、余裕があったら、この新しいプロジェクトのプレゼンやってみないかね?

A:もちろんです!ぜひやらせてください!

上司:では、頼むよ。素案を一週間後に見せてもらえるかな?

A:もちろんです!頑張ります!

5日ほどして…

A:Bさん、この仕事、僕の代わりに仕上げてくれないかな?頼むよ。

B:はあ?わたしも自分の仕事で手いっぱいで、毎日残業してるの知ってますよね?

A:ほら、僕、上司から頼まれたプレゼンの素案さ、二日後に提出なんだけど、自分の仕事に追われてて、まだできてないんだよ。

B:もともと自分の仕事でアップアップなのに、どうして安請け合いしちゃうんですか?

こうなるのわかってましたよね?

A:・・・・・・・

この場面に出てくる見栄張りダンセイは、できないのに、できると見栄を張るタイプです。

もともと自分に割り振られていることをこなすのに、手いっぱいなのにもかかわらず、誰にでもいい顔をしてしまう、困難な状況であるのに、安請け合いをしてしまう、そんな見栄張りダンセイです。

この見栄張りには、いくつかのパターンがあるように感じます。

◇パターン1:プライドが高い

自分の手いっぱいな状況は理解してい

ても、「できない」と言えない。

「できない」ということは、自分の弱さや能力の低さを認めることになると思いこんでいる節がある。

◇パターン2:自分の能力を過信している

自分の限界や能力を客観的に判断できないために、常にオーバーワーク気味。

純粋に自分はできると思っている。

何度か、できなかった経験をしているが、

自分の能力の問題とはとらえていないので何度も繰り返す傾向がある。いつも疲れていて、不機嫌。

ひとにはそれそれの能力と魅力があります。

と同時に、ひとはそれぞれ、自分が魅力的だと考えるダイセイ像、社会人像があります。

こうした「できる」見栄を張るタイプの方は、

どんなタスクもスイスイと、余裕で完璧にこなすひとを“よし”としているのでしょう。

そうしたステキなひとになりたいと思い、憧れる気持ちと、

周囲のひとに「できる」ひとだと思われたい気持ちが、そうした行動に向かわせるのだと思います。

確かに、“デキる”ダンセイは魅力的とも言えます。

ですが、これまた身の丈に合った仕事を、きちんとコンスタントに、誠実に完璧にこなすことの方が、評価は得られるのではないでしょうか?

無理をすることなく、余裕を持って仕事をこなしていくことで、時間的な余裕も生まれ、プライベートな時間の充実が図れます。

内面の充実が、外面に現れ、魅力的なダンセイへと変わっていくのです。

こちらの方が、人生を有意義に生きられるのではないかと思うのです。

仕事もまた、自然体でしていくことをおススメいたします。

場面3

B:やっぱ、C君は「レベチ」だよねえ

A:ほんと、レベチだよね。

B:部内では、レベチ過ぎて相手にならないよね?

A:でも、次は僕がレベチになるから。

B: ・・・・・ねえ、レベチの意味、本当にわかってる?

A: ・・・・・

この場面に出てくる見栄張りダンセイは、知ったかぶりをして見栄を張るタイプです。

残念ですが、多くの場合、見栄を張ることには至らず、無知をさらすことのみになってしまうのが、特徴です。

上記例の場合の「レベチ」とは、あまりにも能力や技量の差がありすぎることを、尊敬の念を込めて「レベチ=レベルが違う」と言っています。

こうした流行りのことばは、YouTubeやティックトックなどから出てくることも多く、若年層から広まるのがほどんどだと思います。

当然、おじさんやおばさんは、その波に乗れず置いてきぼりをくうわけですが、このような、知らなくても何の差しさわりもないことでさえ、知らないとは言わないのが、見栄張りダンセイなのです。

こうした流行りことばに限らす、会話の中に出てくる自分の知らない情報は、普段の生活の中でもあるはずです。

そういう時には知ったかぶりをするのではなく、素直にその意味を聞く姿勢を見せる方が、好感度は高くなります。

知らないことは決して恥ではありません。

むしろ好奇心を持って、いろいろなことを知ろうとする気持ちを持ち、それが会話のきっかけになることも多いのです。

知らないことは、知らないと言い、教えてもらう・・・そんな自然な姿に好感が持てます。

まとめ

合言葉は
「to be natural」(自然であること)

この場合は、毎日の生活のさまざまな場面で、自然体であること、です。

自然体であるためには、見栄を張ってはいけません。

見栄は時として、負けず嫌いと混同することもありますが、以下のケースの場合は、残念ながら、見栄とみなします。

・身に着けるものが分不相応であること。
 →ローンを組んでまで、ブランドやトレンドを追い求めるようなこと。

・「できる」と表明し、自らドツボにはまること。
 →プライドの高さ、自身を客観視できないことに起因する。

・知ったかぶりをする。
→すぐにばれる知ったかぶりをする。ひとに何かを聞くことを恥だと思っている節がある。

清潔な身なりをして、
できることを無理なくこなすことで、生活に余裕を生みだし、
知らないことは、大いなる好奇心を持って知る努力をする、

こんな、自然体で暮らすひとの方が、絶対に魅力的だと思うのです☆