こんにちは、風 薫です。

つい先日、お客さまからのご相談に、「良くも悪くも“いいひと”でくくられてしまうことが、自分としては不本意」というものが、ありました。

これまでに、まったく逆に“いいひと”と思われないことに悩んでおられる方にもお目に掛かったことがあります。

付け加えておきますが、どちらの方も真剣にお悩みでした。

ただ、お二人がそれぞれ考えている“いいひと”のありようは、少し異なっていると感じました。

今日は、“いいひと”について考えてみたいと思います。

“いいひと”って、どんなひと?

つい最近お目に掛かったお客さまが思っていた“いいひと”の内容は、職場でのお話しでした。

お客さまは、穏やかで、どちらかと言えば無口なタイプで、黙々と身体が動くような方です。

彼がわたしに話していたのは、彼の職場という限定的な環境の中でのことですが、その中で、“いいひと”だと評価を受けている同僚についてでした。

お客さま曰く
「彼はとにかく口が動く。何かをやるにしても、まず周囲に自分がなにをするか周知させてから動く、そして終われば必ず報告する。」

その結果、同僚は部のみなから、みんなのために骨を折ってくれる“いいひと”の称号を手に入れます。

お客さま的には、本当にみんなのためを考えてなにかをするなら、いちいちアピールする必要はない、と。

これは、たくさんの側面があるお話しだと思います。

わたしから見ると、同僚も“いいひと”カテゴリに入りますが、このオレオレ感が気に障るのでしょうね。

確かに、自己顕示欲のかたまりだと言えますが、それでも結果、みんなのためになるならいいと思います。

“いいひと”の定義はひとそれぞれと言えるでしょう。

自己顕示と、自己表現の違い

同僚の方は、自己顕示したうえで皆の注目を集め、時には部員の期待感などもモチベーションにしているのかもしれません。

誰かの役に立つことの方を優先させる、わたしのお客さまは、自己顕示することなくはたらきます。

でも、自己顕示して賞賛を浴びる同僚を意識しているという事実は、こころの奥底では羨ましく思っていたり、悔しく感じているのではないでしょうか?

ひとは、誰かの役に立てていると実感することで、生きがいややりがいを得ると言われています。

ただし、これは、承認欲求とは異なります。

承認欲求は、他者に自分を認めてもらうことを望み、他者に評価をもってよしとしますが、

それでは、他者の考えや思いに縛られ、支配されて生きることになります。

なので、承認欲求ではなく、自分で自分をよしとする、自己肯定感の問題です。

そして、現在・現代は、口に出して表明していくことで他者とのコミュニケーションが深まるのです。

オレオレ感まで出さなくても、そこはかとなく意志表現(自己表現)できるようになるといいですよね。

まとめ

会社で営業職に携わっておられるなら、よくお分かりになるかと思いますが、

ご自分の会社の商品やサービスの内容を、ことばを尽くして売り込まなければ、相手に良さは伝わりませんし、耳も貸してもらえないかもしれません。

ひとにも、同じことが言えると思います。

売り込みまでしなくても、商品(自分)の良さや、他との(他者との)違いを説明し、どのような性能を秘めているのか、どれだけメリットがあるのか、
自分という商品を売り込み営業マンの気持ちを持って、日常を送ってみてください。

ひとと関わる時に必要な自己表現と、自己顕示は違います。

この違いを理解して、うまく自分をつかんで情報発信できるようになると、毎日は変わるでしょう☆